弁護士コラム

アスベストによる健康被害について

西新宿オフィス 島村海利

1 アスベストとは

「アスベスト」は、天然の鉱物繊維で、「石綿」(せきめん、いしわた)とも呼ばれています。石綿は「奇跡の鉱物」といわれ、熱、摩擦、薬品に耐性があり、しなやかで、糸や布に織ることができるなどしたため、様々な用途で使用されてきました。
例えば、吹付け石綿。石綿とセメントを一定割合で水を加えて混合し、吹付け施工したものをいいます。防音用や、軽量耐火材として、学校やビルなどに施工されました。また、石綿の代替として使用されていた吹付けロックウール(岩綿)にも、平成2年頃までは石綿が混ぜて使用されていました。ほかにも、配管などの保温に石綿含有保温材が使用されたり、内装材(天井、壁、床材)、外装材、屋根材、煙突材にも使用されたりしました。
建設用以外にも、自動車や産業用のブレーキライニング、ブレーキパッドなどにも使用されていました。

2 いつアスベストにばく露するのか

日本では、明治20年代に石綿製品の輸入が開始され、戦時中に輸入が途絶えたことがありましたが、戦後は大量に石綿を輸入しました。特に、昭和45年から平成元年頃にかけて、増減はありつつも年間約30万トンという大量の石綿が輸入されていました。
輸入された石綿は、上述のように様々な製品に加工されていました。その石綿製品を製造する工場で働いて、直接的に石綿にばく露することになります。また、製造された製品を使用して、配管の断熱作業をする際などにも、直接的にばく露することもあります。直接でなくても、石綿を取り扱う現場で別の作業をしていた際に、間接的にばく露したということもあります。
ほかにも、石綿工場に働く人の作業衣を洗濯した家族が家庭内でばく露することや、DIYで石綿含有シートを切断するなどの作業を行うことによるものや、石綿工場の近隣住民がばく露したということも報告されています。

3 なぜ健康被害が起きるのか

石綿は、ヒトの髪の毛の直径よりも非常に細いため、飛散すると空気中に浮遊しやすく、吸入されてヒトの肺胞に沈着しやすい特徴があります。吸い込んだ石綿の一部は異物として対外に排出されますが、石綿繊維は丈夫で変化しにくいため、肺の組織内に長く滞留し、肺の線維化やがんにつながります。
これにより、中皮腫石綿による肺がん石綿肺びまん性胸膜肥厚良性石綿胸水などの疾病が生じます。

4 救済制度の概要

石綿は上記のように様々な場面で使用されてきましたが、その危険性は徐々に認識されていきました。国や企業も全く手を打ってこなかったわけではないのですが、全面的な製造、輸入、使用が禁止となったのは、平成18年であり(平成23年までは一部禁止の猶予)、それまでは、漸次的に規制が厳しくなっていったに過ぎませんでした。
そのような国の不十分な規制や、企業の警告表示義務違反などについて、各地で訴訟が提起され、最高裁判決で、不十分ながらも、国や企業の責任が認められました。これを受け、国としてもいくつかの救済制度を設けています。

救済制度の創設については、これまでアスベストによる健康被害に苦しんできた方やそのご遺族、弁護団の尽力によるものであり、その経緯を記すべきところですが、コラムの性質上、ここでは割愛させていただきます。救済制度の対象者は限定されており、不十分な救済制度に対して種々の訴訟が提起されているという現状にあります。

救済制度は、大きく分けると、そもそも対象疾病であるかどうか労働者であるかどうか建設業であるかどうか、というように分けられています。概略を記載しているため、実際には書いている以外にも要件があります。

(1)石綿健康被害救済制度

「石綿による健康被害の救済に関する法律」(平成18年3月27日施行)に基づいた制度で、4度の改正を経ています。日本国内において、石綿を吸入することにより指定疾病(中皮腫、肺がん、著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺、著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚)にかかり療養中の方これらの疾病に起因してお亡くなりになった方のご遺族に対し、医療費等の救済給付が支給される制度です。良性石綿胸水は対象外です。

ア 救済給付

①医療費 医療費の自己負担分
②療養手当 月額10万3870円(治療に伴う医療費以外の費用負担に対する給付)
(亡くなった場合)
③葬祭料 19万9000円。
④未支給の医療費等 亡くなられた被認定者にお支払いすべき医療費等で、まだ被認定者本人に支給していなかった医療費等について、ご遺族の請求により支給する。
⑤救済給付調整金 支給された医療費等の合計金額が280万円に満たない場合に、その差額をご遺族に対し支給する。
⑥特別遺族弔慰金 280万円(「法施行または改正政令施行前に指定疾病が原因で死亡した者のご遺族」及び「法施行または改正政令施行以後に指定疾病が原因で死亡した者のご遺族」に対する給付)
⑦特別葬祭料 19万9000円(「法施行または改正政令施行前に指定疾病が原因で死亡した者」及び「法施行または改正政令施行以後に指定疾病が原因で死亡した者」の葬祭に伴う費用負担に対する給付)

イ 特別遺族給付金

石綿を原因とした疾病で亡くなられた労働者(特別加入者を含む。)のご遺族で、時効により労災保険法に基づく遺族補償給付の支給を受ける権利がなくなった場合
①特別遺族年金 240万円/年
②特別遺族一時金 1200万円

(2)労働者災害補償保険(労災保険)

労災保険制度は、仕事が原因となって生じた負傷、疾病、障害、死亡(業務災害)を被った労働者やそのご遺族に対して保険給付などがなされる制度です。
石綿による健康被害についても、労働者が業務上の事由で石綿にばく露して、それが原因で石綿に関連した疾病にかかったり、亡くなられたりした場合には、業務災害として、労災保険の給付を受けられます。石綿にばく露する作業をしていたのか、対象の疾病に当たるのか(合併症がなければ基準に合致しない疾病もあります。)などについて、証拠資料が乏しい中で立証に努めなければなりません。

労災保険からの給付としては、次のものがあります。
①療養補償給付 療養の給付又は療養の費用の支給
②休業補償給付 休業1日につき給付基礎日額の60%支給(退職後でも受けられる場合があります。)
③傷病補償年金 年金支給
④障害補償給付 年金又は一時金支給(石綿による健康被害ではあまり考えられません。)
⑤介護補償給付 介護費用支給
⑥遺族補償給付及び葬祭料 遺族に年金又は一時金及び葬祭料の支給

(3)建設アスベスト給付金

ア 対象者

以下の要件を満たす方が対象となります。

①次の表の期間ごとに、表に記載している石綿にさらされる建設業務に従事することにより、

期間業務
昭和47年10月1日~昭和50年9月30日石綿の吹付け作業に係る建設業務
昭和50年10月1日~平成16年9月30日一定の屋内作業場で行われた作業に係る建設業務

横にスクロールすると表を確認できます

②石綿関連疾病(中皮腫、肺がん、著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚、石綿肺(じん肺管理区分が管理2~4)、良性石綿胸水)にかかった
③労働者や、一人親方・中小事業主(家族従事者等を含む)であること

イ 給付金等の主な内容

①石綿肺管理2でじん肺法所定の合併症のない者 550万円
②石綿肺管理2でじん肺法所定の合併症のある者 700万円
③石綿肺管理3でじん肺法所定の合併症のない者 800万円
④石綿肺管理3でじん肺法所定の合併症のある者 950万円
⑤中皮腫、肺がん、著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚、石綿肺管理4、両性石綿胸水である者 1150万円
⑥上記①及び③により死亡した者 1200万円
⑦上記②、④及び⑤により死亡した者 1300万円

(4)国家賠償請求訴訟

ア この制度について

大阪泉南アスベスト訴訟の最高裁判決平成26年10月9日において、昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間、国が規制権限を行使して石綿工場に局所排気装置の設置を義務付けなかったことが、国家賠償法の適用上、違法であると判断されました。これを受け、最高裁判決に照らして、石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族の方々が、国に対して訴訟を提起し、一定の要件を満たすことが確認された場合には、訴訟の中で和解手続を進め、国から損害賠償金が支払われます。

イ 和解の要件

①昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に、局所排気装置を設置すべき石綿工場内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと(労災保険や石綿健康被害救済法による給付を受けている方も対象)
②その結果、石綿による一定の健康被害(石綿肺、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚)を被ったこと
③提訴の時期が損害賠償請求権の期間内であること。

ウ 賠償金について

①じん肺管理区分の管理2で合併症がない場合 550万円
②管理2で合併症がある場合 700万円
③管理3で合併症がない場合 800万円
④管理3で合併症がある場合 950万円
⑤管理4、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚の場合 1150万円
⑥石綿肺(管理2・3で合併症なし)による死亡の場合 1200万円
⑦石綿肺(管理2・3で合併症あり又は管理4)肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚による死亡の場合 1300万円
※泉南アスベスト第2陣訴訟で示された疾患の種類等に応じた損害の算定の基礎となる金額に、国が責任を負うべき2分の1を乗じた額。ただし、遅延損害金と弁護士費用は別途。

5 心当たりがあればご相談を

以上のように、概要を書いただけでも、アスベストによる健康被害の救済制度は複雑で、ここに書いている以外にもたくさんの要件があります。要件に当たらなければ、アスベストに関係して健康被害を受けた場合でも、制度の対象外になります。また、申請をしただけで認定されるものではなく、程度はありますが、基本的には、申請する側で立証をしなければなりません
さらに厄介なのは、アスベスト関連疾患は、発症までに数十年の時間を要することが多いということです。40年前に一緒に働いていた同僚に連絡して、自分達がどのような作業をしていたかを証言してください、というようなことを、国側は平気で求めてきます。何でもかんでも認定するわけにはいかないのは分かりますが、国の規制権限不行使により健康被害が発生したのに、あまりにもハードルの高い立証を求めてくることがあり、驚きと怒りを禁じ得ません。

当事務所でも、同僚の方から聞き取りをしたり、古い文献を図書館に行って調べてきたり、できることが限られた中で、何とか救済を受けていただこうと日々努力しています。
各種救済制度の申請はご自身でできる部分もありますが、複雑で大変ですので、上記のような対象疾病に心当たりがあれば、当事務所や、アスベストによる健康被害に対応している事務所にぜひご相談ください。

※コラム執筆に当たり、外井浩志『アスベスト(石綿)裁判と損害賠償の判例集成』(とりい書房、2019年)、各行政機関のウェブサイトを参照させていただきました。

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